空き家の話になると、
「売ればいい」
「処分すればいい」
という意見をよく見かけます。
ですが、実際にはそんなに簡単ではありません。
地方の空き家が長く放置される理由の一つは、「片付け」が想像以上に大変だからです。
昔の家には、とにかく物があります。
大きなタンス。
布団。
食器。
アルバム。
贈答品。
使わなくなった家具。
農機具。
古い家電。
さらに地方の家は、母屋だけでは終わりません。
倉庫。
離れ。
物置。
納屋。
開けてみると、
「これは何十年前の物だろう」
と思うような物が大量に残っていることもあります。
物ではなく、思い出を片付ける
しかも難しいのは、単なるゴミではないことです。
親が使っていた物。
家族の思い出。
亡くなった人の持ち物。
そういう感情が入ってくる。
だから、なかなか処分できません。
たとえ何年も使っていないと分かっていても、
捨てるとなると手が止まる。
アルバムを開けば、つい見入ってしまう。
古い手紙が出てくれば、作業はそこで止まります。
片付けているつもりが、思い出をたどる時間になってしまう。
空き家の整理とは、そういう作業なのだと思います。
仏壇をどうするのか
特に地方では、仏壇の問題も大きいと思います。
古い家には立派な仏壇があることが多い。
ですが、子ども世代は都会に住んでいる。
マンション暮らしでは置けない。
そもそも継ぐ人がいない。
けれど、簡単に処分するのも気が重い。
結局、
「とりあえずそのまま」
になる。
仏壇だけではありません。
神棚や位牌、昔から受け継がれてきた品々。
それらは単なる物ではなく、家族の歴史そのものです。
だから、理屈だけでは片付かない。
空き家問題は、感情の問題でもある
空き家問題というと、
法律や税金の話ばかりになりがちです。
もちろん、それも大切です。
ですが実際には、もっと感情的な問題なのだと思います。
家そのものというより、
「人生の片付け」
に近い。
だから時間がかかる。
配達をしていると、長い間そのままになっている家を見かけます。
庭木だけが毎年伸びていく。
ポストは使われない。
けれど、完全に崩れてはいない。
誰かが時々帰ってきているのかもしれません。
「いつか片付けなければ」
と思いながら、手をつけられない。
そんな空気を感じる家があります。
捨てれば終わり、とはならない
しかも、昔の家には何が残っているかわかりません。
古い本。
古い時計。
趣味の道具。
今では手に入らない家具や食器。
思いがけない価値を持つ物が混じっていることもあります。
だから、
「全部まとめて処分してしまっていいのだろうか」
という気持ちにもなる。
損をしたくない。
でも、一つひとつ調べる時間もない。
その迷いが、また片付けを先送りにする。
地方の空き家が片付かない理由には、
そういう損得勘定や迷いも、確かにあるのだと思います。
家を片付けるというのは、
単に物を捨てることではありません。
そこにあった人生を整理することなのだと、
私は思っています。
※この記事は、筆者がnoteに掲載した記事を加筆修正のうえ転載したものです。
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