私は昼間、配達の仕事で地方の住宅地を回っています。
そこで最近、以前より明らかに増えたと感じるものがあります。
「売り家」の看板です。
もちろん昔からありました。
しかし最近は、住宅地を走っていると、数日に一度は目に入ります。
しかも、その多くはいわゆる新築同然の家ではありません。
昭和の雰囲気を残した外観。
少し広すぎる敷地。
古いブロック塀。
手入れされなくなった庭木。
どこか、時代が止まったような家です。
もちろん、きれいに住まわれていたのだろうと思う家もあります。
玄関先の植木が整えられ、家の中も大切に使われてきたのだろうと感じる家です。
ですが正直に言えば、
「これは売るのが大変だろうな」
と思う家も少なくありません。
築年数の問題だけではありません。
今の住宅と比べると、間取りも、外観も、暮らし方そのものも違うのです。
昭和の家は昭和の家として完成されています。
けれど、令和の家とは似て非なるものです。
車で言えば旧車のような魅力があるかと言えば、そうでもありません。
家は大きな買い物です。
よほどの思い入れがなければ、若い世代は新しい家を選ぶでしょう。
ネットに出ていない家も多い
不思議なのは、そういう家の多くを、ネットではあまり見かけないことです。
最近は不動産もネットで探す時代です。
スマホで条件を入れれば、すぐに物件が表示されます。
けれど、配達中に見かける売り家の中には、
「これ、本当にネットに出ているのだろうか?」
と思うような家があります。
もしかすると、
近所の人に声をかけているだけなのかもしれません。
地元の不動産屋の店頭にだけ出しているのかもしれません。
あるいは、積極的に売りたいわけではなく、
「いい人がいれば」
くらいの気持ちなのかもしれません。
車を停めて荷物を降ろしながら、
「誰が買うのだろう」
「どうやって見つけるのだろう」
そんなことを考えることがあります。
家は「安心」の象徴だった
地方では、家を持つことが長い間「安心」でした。
土地があり、家がある。
子どもに残せる。
老後もそこで暮らせる。
それが普通の人生設計だったのだと思います。
ですが今は、その前提が少しずつ崩れてきています。
子どもは都会へ出る。
親だけが残る。
やがて高齢になり、家の管理が難しくなる。
そして最後に、「売ろう」と思っても簡単には売れない。
家を持っていることが、そのまま安心とは言えない時代になってきました。
空き家問題は、もっと静かな問題なのかもしれない
地方の空き家問題というと、
法律や税金、
相続や登記、
解体費用の話になりがちです。
もちろん、それらは大切な問題です。
しかし実際には、もっと静かな変化なのだと思います。
住む人がいなくなった家が、少しずつ地域に増えていく。
売り家の看板が、風景の一部になっていく。
昔は子どもの声がしていた家が、いつの間にか誰も住まなくなる。
配達をしていると、そんな変化を日々感じます。
老後と家の問題は、これからますます切り離せなくなるのでしょう。
そして私は、この静かな変化を、これからもしばらく見続けることになるのだと思っています。
※この記事は、筆者がnoteに掲載した記事を加筆修正のうえ転載したものです。

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