タグ: 相続

  • 固定資産税より重い負担

    空き家の話になると、

    「固定資産税がもったいない」

    という話をよく耳にします。

    確かに税金は負担です。

    誰も住んでいない家に毎年税金を払い続けるのですから、気分の良いものではありません。

    ですが、私は空き家の本当の負担は、固定資産税だけではないように思っています。


    本当に大変なのは管理

    例えば、親が亡くなって実家を相続したとします。

    家は地方にある。

    自分は都会で暮らしている。

    そんなケースは珍しくありません。

    すると問題になるのは、税金より先に「管理」です。

    庭木は伸びます。

    草も生えます。

    台風が来れば心配になります。

    雨漏りしていないだろうか。

    近所に迷惑をかけていないだろうか。

    空き家というのは、人が住まなくなっても勝手に止まってくれるわけではありません。

    むしろ何もしないと少しずつ傷んでいきます。


    見えない負担

    固定資産税は金額が見えます。

    納税通知書が届きます。

    だから負担も分かりやすい。

    ところが管理の負担は数字になりません。

    現地へ行く時間。

    草刈りをする労力。

    修繕の手配。

    近所への気遣い。

    そうしたものが少しずつ積み重なります。

    さらに厄介なのは、精神的な負担です。

    「いつか何とかしなければならない」

    という思いが、ずっと頭の片隅に残ります。

    売るべきなのか。

    残すべきなのか。

    解体するべきなのか。

    答えが出ないまま年月だけが過ぎていく。

    これは意外に重いものです。


    誰かが気にしている家

    私が配達中に見かける空き家の中にも、

    「本当は誰かが気にしているのだろうな」

    と思う家があります。

    完全に放置されているわけではない。

    時々草が刈られている。

    郵便受けも整理されている。

    誰かが気にかけている気配があるのです。

    しかし、それは逆に言えば、

    誰かが負担を背負い続けている

    ということでもあります。

    税金だけなら、お金を払えば終わります。

    ところが空き家はそうはいきません。

    所有している限り、責任もついて回ります。


    家があることが負担になる時代

    地方では、

    「家があること」

    が安心だった時代がありました。

    土地があり、家がある。

    子どもに残せる。

    老後もそこで暮らせる。

    それが当たり前の人生設計だったのだと思います。

    ですが今は、

    「家があること」

    そのものが負担になる場合があります。

    これは昔の人には、なかなか想像できなかったことかもしれません。

    空き家問題というと、固定資産税ばかりが話題になります。

    ですが実際には、それ以上に時間と費用がかかります。

    現地へ行く時間。

    片付ける時間。

    草を刈る時間。

    そして、それらに伴う費用。

    空き家を持つということは、

    家を所有することではなく、

    管理を続けることなのかもしれません。

    税金だけなら毎年決まった額です。

    しかし時間と費用には終わりがありません。

    だから空き家問題は難しい。

    私はそう思っています。


    ※この記事は、筆者がnoteに掲載した記事を加筆修正のうえ転載したものです。

    noteはこちら


    地方の空き家と老後

  • 子どもは戻らない、家は残る

    地方の空き家が増えている理由の一つは、やはり「家を継ぐ人がいない」ということだと思います。

    昔は、長男が家を継ぐという感覚がまだありました。

    地元に残る。

    親と同じ地域で暮らす。

    家や土地を引き継ぐ。

    もちろん全員ではありませんが、そういう流れが普通だった時代があります。

    ですが今は違います。

    子どもは進学や就職で都会へ出る。

    そのまま結婚し、生活の基盤も都会側にできる。

    地方へ戻る理由が少なくなる。

    結果として、親だけが地元に残る形になります。


    大きな家に、一人か二人で暮らす

    私は配達の仕事で地方の住宅地を回っています。

    そこで、

    「この家、子どもは帰ってこないのだろうな」

    と感じる家があります。

    もちろん事情は外からではわかりません。

    ですが、

    高齢の親だけが住んでいる。

    車が1台だけ停まっている。

    庭の手入れが少しずつ減っている。

    昔は家族向けだった大きな家。

    そういう家を見ると、今の地方の現実を感じます。

    昭和の時代には、子どもが独立しても、盆や正月には家族が集まったのでしょう。

    孫の声がして、庭には車が何台も並ぶ。

    そんな風景が普通だったのかもしれません。

    ですが今は、子どもが遠方に住み、年に一度帰省するかどうかという家も珍しくありません。

    家だけが昔のまま残り、暮らし方だけが変わってしまった。

    そんな印象を受けます。


    親は残したい。子どもは引き継げない。

    難しいのは、親世代も、

    「できれば子どもに残したい」

    と思っていることです。

    自分たちが苦労して建てた家です。

    土地も守ってきた。

    住宅ローンを返し終えた時には、大きな達成感もあったと思います。

    簡単に処分する気持ちにはなれません。

    ですが、子どもの側には子どもの生活があります。

    都会で住宅ローンを抱えている人もいる。

    仕事もある。

    子育てもある。

    地方へ戻りたい気持ちはあっても、現実には難しい。

    そうなると、

    「いつか帰るかもしれない」

    と思いながら、結局そのまま時間だけが過ぎていく。

    地方では、そういうケースがかなり多いように思います。


    家が資産とは限らない時代

    しかも最近は、家を相続しても「資産」にならない場合があります。

    売れない。

    貸せない。

    解体費は高い。

    固定資産税だけがかかる。

    相続した側から見ると、

    「どうしたらいいかわからない家」

    になってしまうこともあるのです。

    昔は、家を持つことが安心でした。

    ですが今は、

    家をどう維持するか。

    誰に引き継ぐか。

    あるいは、いつ手放すか。

    そういうことまで考えなければならない時代になりました。


    老後は「家をどう終わらせるか」でもある

    配達中に見かける「売り家」の看板も、そういう流れの中にあるのかもしれません。

    親が亡くなった。

    施設へ入った。

    子どもは戻らない。

    だから、とりあえず売りに出す。

    ですが地方では、買う人自体が少ない。

    看板だけが長く立ったままになっている家もあります。

    老後というのは、お金や健康の問題だけではないのだと思います。

    「家をどう終わらせるか」

    という問題でもある。

    そして本当は、

    家を終わらせることではなく、

    家族が納得できる形で、家の役目を終えてもらうことなのかもしれません。

    地方では、その現実が少しずつ表面に出てきているように感じます。


    ※この記事は、筆者がnoteに掲載した記事を加筆修正のうえ転載したものです。

    noteはこちら


    地方の空き家と老後